2020年に向けて彼らの挑戦が始まりました。イレブンへの応援を宜しくお願い致します。

休部とリフティング。(山あり谷あり)

昨晩、小学生がリフティングの練習をしていました。
それで思い出したことがあります。

長男は、五つの時からサッカーを始めました。
かれこれ、11年以上していることになります。
この間、保護者として指導者として観戦者として彼を見続けました。
今、思えば、山もあり谷もあり。

一つ目の山。
友達に恵まれたのでしょうね。
仲の良かった子達が、みんなサッカーを始めました。
遊び=サッカーで、ランドセルを放り投げて公園に走りました。

四年生の頃から、少年団の練習以外にもコーチングを受けに行きました。
これもみんなで通いました。
他県まで電車を乗り継いで。
楽しくて、楽しくてしょうがなかった時期だと思います。

この頃の長男のポジションは、FW。
点を取りまくっていました。
チームが10点取れば、7~8点は取っていたでしょうか。
そして、トレセンにも通い出すようになります。

しかしこの時期、チームの事情が彼に変化を与えます。
チームが、試合に勝てなくなったのです。
個人技では、勝てなくなったのです。

中高学年になると、チームとしての成熟度がモノを言ってきます。
どうしても、試合を組み立てるプレイヤーが必要になりました。
視野が広く、ボールを持てるプレイヤーが。
顔を上げれること、つまり脚元の技術がしっかりしているプレイヤーが。

指導者として、長男をFWに残すことを考えました。
今思えば、親としてFWに残しておきたかったのかもしれません。
ゴール後の彼の笑顔が、堪らなく好きでしたから。

しかし、それが難しいことは程なく分かりました。
その後、長男のポジションは少しずつ後ろに下がって行きます。
加えて、試合に勝てないことの焦りが、子供である彼に向いました。
指導者として失格です。

当時は、気付きませんでした。
長男のサッカーに対する情熱が徐々に冷めて行ったことも。
彼を谷間に落としてしまいました。

その頃です。
受験勉強も伸び悩んでいました。
嫁さんの強い要望で、少年団の休部を決意しました。
こんな時、男親は甘いものです。

六年生の春、全日本の予選が受験前最後の試合となりました。
それから9ヶ月間、長男はサッカーのことを忘れました。
谷間を忘れるように。

そして二月三日、長男は鉛筆を放り投げて公園に走りました。
清々しい顔をしていました。

「リフティングチャレンジ」
そう呼ばれたリフティングの計測を、少年団で長く行っていました。
休部前の長男の回数は、100~150回程度。
それが、練習再開後の一カ月で、2300回まで増えたのです。
鈍りきった、ブヨブヨの身体で。

中一の秋の新人戦以降、長男は主要な試合にほとんど出場させて頂きました。
最後の年は、春・夏と都大会に出場。
高円宮杯の都予選にも出場することが出来ました。
(残念ながら、F東との試合には発熱のためプレイできませんでしたが)

ベンツマーク中の監督先生との出会いが大きかったと思います。
ディフェンスという新しい境地も与えてくれました。
この頃が、二つ目の山。

そして、先日「じつははほっとしてるんだ」で書いた二つ目の谷。
先輩たちの闘志あふれるプレイを目にして、自分で這い上がりました。

山があって谷がある。
・・・休部・・・指導者・・・先輩・・・。
うまく出来ているのかもしれません。
昨日見た、少年のリフティング姿にあの時の長男を思い出しました。

がんばれ、ベンツマークイレブン。

nice! nice!
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