2020年に向けて彼らの挑戦が始まりました。イレブンへの応援を宜しくお願い致します。

『弱小校のチカラを引き出す』。

懇意にして頂いている他校サッカー部の保護者の方から、この本の存在を教えて頂きました。
この本を元に連載を行っている「暁星高校・林義規監督の教え」(サカイク・http://www.sakaiku.jp/series/gyosei/)の一部を紹介致します。

■恩師・堀江忠男の自立の促し方とは
そうして林監督は堀江の指導を請うようになる。その指導は厳格そのものだったそうだ。
「本当に厳しい。例えば怪我をしても選手に『大丈夫か?』なんて堀江先生は言わない。普通だったら、俺だって選手がひっくり返ったら『おい、平気か?』くらいは言うよ。足を怪我したら『大丈夫か? どれくらいで治りそうだ?』とか。でも先生は言わない。『ダメだ、お前』、たったその一言。次の瞬間にはほかに目がいってるから。もう頭の中にないんだろうね。いや、思ってるのかもしれないけどさ、見捨てられたって感覚なんだよ。でもあとから考えれば自律を促していたのかなあ。そこまでじゃないけど、俺も厳しく接してるよ。必要以上のことは言わねえ。それはたぶん堀江先生流だと思うな」
今の時代では旧態依然な指導とみなす人もいれるかもしれない。ただ自分のことは自分でなんとかしなければいけない、甘やかさない指導が堀江のやり方だった。

「ある試合ではさ、前半が終わって0―1だったかな。それでハーフタイムに堀江先生がえらい怒ってるんだよ。なにをそんなに怒ってるのかなと思ったら『ベンチに帰ってくるときの戻り方が悪い! やり直せ!』って。西が丘でさ、もう一回グラウンドに出てベンチに戻り直したことがあったよ。別の試合では、リーグ戦で1試合を残して優勝したんだ。だからみんなで先生を胴上げしようってなったんだけど、『なにやってんだ! こんな試合じゃダメだ!』って、もうけちょんけちょんに怒られてさ。勝ったのになんでこんなに怒られなきゃいけないんだって思ったけど、本気になって怒るんだよ。そういう人だった。でも最後は『好きにしろ』って、胴上げはしたんだけどね」
負けているときも勝っているときも、堀江は常に厳格だった。もちろん、厳格なだけが堀江の指導ではない。

「あの頃に全員攻撃、全員守備って言ったのはあの人だけだったし、フルバックの重要性、オーバーラップの必要性を説いていたのも堀江先生くらいだった。ベルリン五輪の話とか、サッカー観、技術的なこと、戦術的なことを噛み砕いて毎週火曜の朝練前のミーティングで、ピタッと1時間。色んな話をしてくれたよ」

■干されたことが大きな財産となった
当時を思い出してか、林監督は自然と背筋を伸ばし、姿勢を正していた。
「すごいのがさ、日曜日の試合が終わったら全員にレポートを書かせるんだよ。あの当時は60人はいたと思う。月曜日が休みで、火曜日のミーティングのときに返されるんだ。そしたら全員、赤字で誤字脱字が直されてるんだよね。これいつやってるんだろうって、いつも思ってた。そういう中で褒められはしなかったけど、よく怒られたよ」

その厳格な指導の中で、林監督が強烈に印象に残っている出来事がある。
「あれは3年生のリーグ戦も終盤頃だったかな。練習試合で相手はえらい強かったんだよ。その試合に俺はストッパーで出場していたんだな。インターセプトを決めて、ヘディングも負けなかったし、自分のパフォーマンスとしては良かった。けれどチームは1―2で負けちゃったんだよ。試合後に堀江先生に呼ばれて『おい、林。今日の試合はどうだった』って聞かれてさ。俺は『ミッドフィルダーの戻りが遅いからいつも2対1の状況を作られてました』って言ったんだ。そのときは思ってたことが言えてスーッとしてたんだけど、次の火曜日のミーティングだよ。先生が『チームが負けたのを人のせいにするやつがこのチームにいるなんて考えられねえ』ってそんな話をしていて、はじめはまさか俺のことを言ってるなんて思ってなくてさ。でもだんだん聞いているうちに『あ、俺のことだ』って。それから一切試合で使ってくれなくなった。もちろん、俺の実力不足も原因なんだ。でもそのときは若かったから恨みもしたよ。あれは大きな教訓だったね」

堀江は仲間に対する思いはとくに厳しいものがあった。それはサッカーとしてだけではなく、人としての在り方の指導でもあった。その仲間の大切さというものをメンバーから干されたあとに痛感したという。

「俺が4年生のときに早稲田は関東大学リーグで全勝優勝したんだよ。俺は干されてるから当然出てないでもチームって不思議なもので、試合に出てるとか、出てねえじゃないんだよ。その4年生が作るムードってのが大きかった。俺らのときは1つ下の西野たち3年生がほとんど主力だったんだよ。でも西野らが4年生の年は、リーグで5位になるんだよな。やっぱりそのときの一体感っていうのかな。サッカーっておもしれえ競技だと思うよ。上手いやつだけが揃ってりゃいいってわけじゃねえんだ。率先して掃除をするやつもいれば、ムードを高めるやつもいる。出てるやつが『あの先輩のためにやんなきゃいけねえ』って思うのもひとつの力。だから出てるやつだけの力じゃねえんだよ。そういうことを思い知ったよね

干された当初こそ遺恨を残したが、今になって思えば――。人の経験とは、案外そういうものなのかもしれない。指導する立場になった今、それは大きな財産として残った。
「怪我したり、試合に出られなかったり、大学時代に挫折をうんと味わったおかげでさ。この仕事をやりながらでも広く目を向けられるようになっていると思うんだよな」

■勉強は試験の前だからやるんじゃない
これはよく生徒にも話すんだけど、と監督は右手を差し出して続ける。
「ほとんどの人が右利きだから、みんな右手で字を書くだろ。右手で箸も持つ。左手もあるのに使わねえじゃん。でもこの右手がなくなったらどうする? 左手を使わざるを得ないんだ。左手で書いて、左手で箸を持つしかない。そうやって切羽詰まったらみんなそうするんだよ。だから学生も切羽詰らせること。朝から晩まで練習やって勉強する時間がねえ、ヤバいって。夏休みとか冬休みなんてみんな予備校行っているのに、サッカー部の連中は合宿に行ってるんだよ。そんな状況が3年間続いていると、大学に行きたければ少ない時間でなんとかしないとヤバいって。そうなるとみんな毎日コツコツやるし、授業もちゃんと聞く。俺はそれで良いと思ってる。勉強ってのは試験の前だからやるんじゃない。毎日やるもんなんだ。高3の8月は受験だから部活を引退するとか、俺はそんな文化は間違ってると思うよ

きっとそこで勉強を放り出してしまう子どももいるかもしれない。けれど、暁星高がそうならないのは進学校だからだろうか。または監督の厳しさか。あるいは親の期待か、はたまたチームメイト、クラスメイト、先輩たちの影響か。それはきっとひとつではない。子どもは周りの多くのものから影響を受けて、自ら進む道を選ぶものである。

あくまでも一つの考えだと思います。
が、わたしたちも身近なところで目にしている光景でもあるような気がします。
興味のある方は、まずこの連載を。

がんばれ、ベンツマークイレブン。

nice! nice!
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