2020年に向けて彼らの挑戦が始まりました。イレブンへの応援を宜しくお願い致します。

試合に出る資格をもう一度考える。

昨日、高校部の練習試合を観てきました。

ベンツマーク校サッカー部には、‘試合に出る資格’なるものがあります。
このブログを書き始めた頃に、この資格に関してこんな風に書きました。

わたしが指導していたチームは、高学年で伸び悩みました。
‘何故?練習量は、他のチームに負けてない。
何故なんだ?’悩んだあげ句、ふと思いました。
‘この子たちは、サッカーをする準備がまだできていないんだ・・。’

遅刻、忘れ物、用具のメインテナンス、準備・後片づけは人まかせ、ひとの話を聞かないその他諸々あげたらキリがありませんでした。

わたしはその時に、この小学校チームには「年相応の当たり前のことを、当たり前のように出来る子どもを育てるという理念が必要なんだ。それを自分たち指導者が、怠ってきたつけが今来ている 。」と思ったのです。
検証をすることは出来ませんでしたが、指導を退いた今でもそう思っています。
そしてこのことはまさに、中学の部活にもあてはまることだと思っています。

先日もお話しましたが、長男の入部後、このベンツマーク中学サッカー部には‘サッカーをする資格’なるものが存在することを知りました。
詳しくは理解していないのですが、わたしはこの‘資格’なるものがわたしが思う‘理念’のようなものであって欲しいと願っているのです。

わたしは、ベンツマークイレブンたちがしっかりとした下地の上に、部員一丸となって強い集団に育っていくことを願っています。
そして、彼らをそのような人間に育ててもらいたいと 指導をお願いする先生方には心から望んでいます。
ベースは家庭にあるんですけどね。 「2011/02/28」

昨日の高校部の試合。
わたしがそのプレイを観ることを楽しみにしていた何人かの選手が、出場していませんでした。
理由は分かりません。
想像は付きますが。

同じようなことを複数回、わたしは観ています。
正直言って、情けない。
情けないを通り越して、腹が立つ。

この春のインターハイ予選。
この予選を最後に引退をした高三生が、少なからずいました。
わたしは頼まれて記念写真を撮ることに。
その中には、ユニホーム姿ではない部員も数名いました。
つまり彼らは、ベンチに入ることなく引退していったのです。

彼らからユニホームを奪ったのは誰なのか?
奪うこと自体は、わたしは立派だと思っています。
しかし奪ったからには、その責任を果たしてもらいたい。

この‘試合に出る資格’なるものに関しては、保護者の中にも色々な考えがあるようです。
家が遠い、けがをした、試験が近い、スケジュールがぶつかる・・・etc.

このサッカー部での活動の中で、一番意義のあることはこの資格だとわたしは思っています。
その理由は、冒頭で書いた通り。
年相応の当たり前のことを、当たり前のように出来る人間になってほしいからです。

以前に、こんなことも書きました。

父親であるわたしは、彼(長男)によく言っていました。
今は分からないと思うけど、大人になれば分かることも出てくる。
今は、お前が社会に出るための「大人の理不尽」を学んでいると思いなさい’と。

なぜ部員たちは、理不尽だと感じるのでしょう?
それは‘大人として扱われている’ことに気づいていないからだと思うのです。

例えば、練習や試合に遅刻して、心の中ではこう呟いたとします。
‘こんな早い集合、家が遠い俺が間に合うはずないじゃん。5分くらいどうだって言うんだよ。’
社会に出て、遅れた相手に言ってみる。
‘こんな早い打ち合わせ、家が遠い俺が間に合うはずないじゃん。5分くらいどうだって言うんだよ。’

例えば、練習にけがをしてしまい、心の中ではこう呟いたとします。
‘練習でけがをしたんだよ。遊んでた訳じゃないのに。’
社会に出て、迷惑をかけた相手に言ってみる。
‘遊んでた訳じゃないのに。’

例えば、スケジュールがぶつかってしまい、心の中ではこう呟いたとします。
‘外せない用事がぶつかっちゃったんだから、しょうがないだろ。’
社会に出て、すっぽかした相手に言ってみる。
‘スケジュールが重なっちゃたんだから、しょうがないだろ。’

相手は、笑って許してくれるかも知れません。
‘そうだね、大変だったね’と。
表向きは。

遠くて間に合わないなら、移動手段を考える、近いところに宿を取る。
けがをしたくないなら、けがをしない体を、準備運動を行う。
スケジュールがぶつかるのが前もって分かっているならば、そうならないように工夫をする。

当たり前のことでしょう。
その準備を勉強させてくれるのが、このクラブの‘資格’なのだと思うのです。
つまり、それが大人になるための準備なのだと思うのです。
これって、サッカーが上手くなることと同じくらい、いやそれ以上に大事なことではないでしょうか?

確かに、資格の線引きは難しい。
前述のようには、判断しきれないかもしれません。
だからこそ、厳しくやらなければ意味がなくなってしまうのだと思うのです。
ぶれては、ますます分かりづらくなってしまいますから、部員たちに。

話は、昨日の試合のことに戻します。
全ての部員が、資格を有するように心がけてほしい。

力のある部員は、尚更だと思うのです。
当たり前のことを当たり前に行えば、そこに席が用意されている。
その席を自分のものにしたのは、自身の努力の賜物。
しかしその時点でその席を奪われた他者がいるということ、自分に期待している他者がいるということ、それを忘れてほしくないのです。

中学部の監督先生がおっしゃった ‘六年間を通しての成長。
これをわたしは、‘六年間を通しての大人への成長’と理解して止みません。

・・・あ、あ、今日も支離滅裂な文章になってしまったぁ。

がんばれ、ベンツマークイレブン。

nice! nice!
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